村井 健治
カイロプラクティック理学士(B.C.Sc ) 応用理学士(B.App.Sc)

 

正直、ここにたどり着くまで、ブレブレのブレまくりの道のりでした

 

この業界に入ったきっかけは、よくありがちな『カイロの先生にみてもらって部活のケガから復帰できたから』とか、『有名なカイロの先生に出会って感銘を受けたから』といったポジティブな理由ではありませんでした。

もともと絵を描くのが好きで、高校の部活の練習後は毎日夜遅くまで夢中で絵を描いていました。部活に入っていたものの運動は苦手、人と接するのも苦手な少年でした。

 

 

 高校卒業後は地元の電力会社に就職

アルバイト経験は高校時代にいくつかありましたが、電力会社は社会人になってはじめての仕事。メチャメチャ緊張しました。電話応対、簡単な事務作業がメインでしたが失敗することが多く、結局長続きしませんでした。その後、見かねた父が勧めてくれたのがカイロプラクティックの道でした。

父や母は腰が悪くなると必ず大曽根にあるカイロの先生のところに通っていて、カイロはすごい!っと思っていたようです。

カイロはすごいかもしれないが、その大曽根のカイロの先生もすごかった。昭和の頃からカイロ院を開業し、開業当時電話帳を開いてもここ1件しかないような、名古屋のカイロ業界の草分け的な先生。

そんなカイロの先生の紹介もあって、東京にあったロイヤルメルボルン工科大学日本校カイロプラクティック学科(現、東京カイロプラクティックカレッジ)に入学することになりました。

このおかげで〝本物”のカイロプラクティックを学ぶことができました。

 

 

カイロプラクティック大学時代

一度、社会人を経験したこともあって勉強の大切さを身にしみて感じていたこともあり、何かを学ぶということについて抵抗感はありませんでした。

ほぼ毎日、朝9時から夕方5時、6時まで授業、2年生以降になるとテクニックの授業も入ってくるので夕方以降実技室に残って夜まで練習、そんな学生生活でした。

東京にいる間、観光地やグルメスポットに訪れたことはなく、行くのは近隣の本屋さんを巡ったり、図書館ぐらい。

この大学のすごいところは海外カイロ大学同様に3年次から4年次に上がると、学校に併設しているカイロの外来センターで実際に患者さんを施術するインターン制度があったことです。

 

ところがここでも挫折。

 

だれでも4年次にあがると外来センターでインターン実習生となれるわけではありません。条件である実習試験で合格しないといけません。それなのに大事な試験で不合格となってしまいました。インターンも授業の一環なのでその場に出席していましたが、不合格者なので患者さんを施術することは出来ず、次の再試験に合格するまで半年ぐらい患者さんをみれませんでした。

 

そのおかげで、というのも変ですが心に少しゆとりが生まれたのも事実。当時、個人的に気になっていたセミナーを受けてみることにしました。カイロプラクティック機能神経学を米国から日本に持ち帰られた著名な先生のセミナーで中枢神経系の機能検査やカイロプラクティックからみた神経生理学、脳神経の働きなどなどを学びました。土日の2日間で計15時間の講義を毎月1回のペースで続けて行われていて、当時のノートは今でも保管しており、この時間は今でも私の中にあるとても貴重な体験となりました。

 

 

大学卒業後の流浪時代

 いろいろありましたが無事、なんとか大学を卒業することができました。ところがこの後も明確なビジョンを持てなかったため右往左往することとなります。

 

卒業後、初めて就いたのが整体院でした。そこの院長が看護師資格をもっており、医療系の資格を持っているところなら間違いないと思って飛び込んでみたらビックリ。患者さんにホルモン剤を注射したり、骨盤回りを施術すると痩せますと謳っていたり。

 

次に働きだしたのが、カイロプラクティック院。そこの先生は、カイロの専門学校卒でした。ストップウォッチを使って細かく施術時間を管理していて、時間内にルーティンで決められた骨盤・頸椎のおおざっぱなアジャストと筋肉のほぐしを行っていました。他には男女問わず小顔の美容整体も行っていました。実際のところビフォー・アフターの写真の撮り方でいくらでも小顔に見せられるので施術効果に疑問が残るものでした。

 

 その次が接骨院。町の接骨院ということもあって近所のご高齢の方や、主婦、仕事帰りのサラリーマンやOLさんなどが多かったと思います。ここでもルーティンが決められていて、電気や決められた時間だけ揉み解して、最後に院長がちょこっと触る、といった感じでした。とにかくどんな患者さんでも、決められた時間ほくす。顔面神経麻痺の患者さんや、当日サッカーで腰を痛めた少年に対しても。患部の腰に熱感があるにもかかわらず『揉み解せ』と指示を受けたときには、青ざめました。

 

そのあとこの業界から離れて、1年ぐらいカイロとは全く関係ないアルバイトをしてお金を貯めていた時期を経て、カイロで有名な先生のもとへ弟子入りしました。その先生はカイロの学位保持者で、今まで勤めていたところの先生とは違って実力もあり、1日に20~25人くらいも患者さんを施術していました。予約が文字通り分刻みで入っているような慌ただしさで、一日が終わるのがとても長く感じていました。自分は主に患者さんに電気を当てたりのアシスタントでしたがついていくのが大変でした。ここでは施術を学ぶというよりは、患者さんに向き合う姿勢というのかイデオロギーのようなものを学びました。アシスタントの私がへとへとで休日休んでいるところを、院長先生は足しげく勉強会・セミナーに参加し、院内には大量の蔵書があり机の上は本が山積み。本当に勉強熱心で、本当にタフな先生でした。ここでは結果的に9年間に渡りお世話になりました。辛いことが多かったですが、学ぶことも多かったと思います。

 

おそらく、普通に仕事をなんでもこなせられるような人間なら問題なかったのかもしれないのですが、ここでも挫折してしまいました。

ここでの挫折はとても大きなものがあり、施術家の道を諦めようと違う将来の道を模索しはじめたこともありました。地方の田舎で農家になろうかとIターン説明会、飛騨の木工職人になろうかと家具メーカーに面接を申し込んだりとブレにぶれました。この時期、かなり両親や親類に心配をかけてしまったと思います。

 

 

再びカイロの道へ

失意のドン底にいる時の事です。あることがきっかけで大曽根のカイロの先生のお弟子さんで、開業して立派に盛業されている星ヶ丘のカイロの先生とお話をする機会がありました。

 当時の私は挫折したばかり。星ヶ丘の先生は出来ないことだらけで自信をなくした私から丁寧に話を聞き出してくれて、私でも出来ていることを1つ1つ挙げてくれました。これも出来る、これも出来るじゃないか、自信を持っていいと励ましてくれました。そのおかげで再びカイロの道を歩む決心ができました。ここでは1年半の間お世話になりました。

 

この先生のすごいところは、カイロプラクティック機能神経学を施術に取り入れられていたことです。この神経学はとても難解で日々の臨床に応用できている先生は少人数といっていいでしょう。それを使って頭痛やめまい、しびれ、ふらつき、発達障害の子供たちの施術にあたっておられました。難解な神経学の検査、施術の中から要素を抽出し、どんな先生でも簡単に出来るように再構築されていました。これはとても勉強になりました。それとは別にもう一つ勉強させていただいたことがあります。

 

それはココロについてです。心の持ちようによって施術結果が変わってしまったり、これから起こる出来事が変わったり、いかにいいココロ持ちでいるが大切であるかを学びました。2019年の3月に卒業いたしましたが、今でも感謝していています。

 

 

現在、自宅開業中

いろいろ右往左往、紆余曲折、ブレにぶれ、多くの挫折を経験してきましたが現在、『長久手の杜 カイロプラクティック』を自宅開業するに至りました。今まで自分の学びのきっかけを与えてくれた人や、人間観を変えてくれた人、何の得にもならないのに僕を助けてくれた人や親切に接してくれた人、気付きを与えてくれた人、その人たちのおかげで今の僕があると思っています。

 

 40歳を越えた今はもう、カイロを辞めて違う仕事に就こうとかの理由でぶれることは無いと思います。孔子さんも四十にして惑わず、と言ってますし。20代の若い頃は人と接するのがとても苦手でしたが、その頃と比べると現在は楽になったと思います。カイロプラクティックの施術で結果を出せるようにもなってきました。人は自分が生産したものを見て、初めて自分が何者であるかを規定することができるそうです。ようやく自分に自信を持っていいと思えるようになってきました。

 

カイロ大学を卒業して15年は経ちました。なんだかんだいってもずっと続けることが出来たこの仕事。全ての患者さんが満足していただけるような、結果を出せる施術にはまだまだですが、そんな高みを目指してずっと続けていきたいと思います。

 

 

★★★経歴★★★

1977年 名古屋生まれ

1996年    高校卒業後、地元の電力会社に入社

2000年 オーストラリアビクトリア州立ロイヤルメルボルン工科大学日本校カイロプラクティック学科入学(全日5年制)在学中、キネシオテーピングトレーナー、カイロプラクティック機能神経学を受講(脳神経系のはたらきや検査法などを学ぶ)

2005年 同大学 日本校カイロプラクティック学科 卒

卒業以降 整体院、整骨院、カイロ院にて勤務

2017年 4月、星ヶ丘の みやらび治療院にて勤務開始。脳バランス療法、頭蓋仙骨療法 習得

2019年 3月、みやらび治療院 卒業

同9月、長久手の杜カイロプラクティック自宅開業

現在、午前中は自宅勤務。午後は長久手温泉ござらっせ内、きらら健康院にて勤務。また(株)ジョイハンズにて病理学、運動学講師を兼務。

取得学位:カイロプラクティック理学士号(B.C.Sc )応用理学士号(B.App.Sc )

所属団体:日本カイロプラクターズ協会(JAC)

     日本カイロプラクティック登録機構(JCR)

趣味:バイク(ツーリング)、読書(脳科学・医学・宇宙等のサイエンス関連本)

好きなHP :

日本の研究.com

👉 https://research-er.jp/categories/852

 

理化学研究所プレスリリース👉https://www.riken.jp/press/2020/index.html